大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)33号 判決 1974年10月29日
原告 横山博
被告 城東税務署長 外一名
代理人 陶山博生 外四名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告署長が昭和三九年一一月二六日付でした、原告の昭和三八年分所得税の総所得金額を金一、五二七、〇五三円(ただし、裁決により一部取消された後の金額)とする更正処分のうち、金四〇六、二五〇円をこえる部分を取消す。
2 被告局長が昭和四一年一月一四日付でした、原告の右処分に対する審査請求を一部棄却した裁決を取消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
主文同旨
第二当事者の主張(省略)
第三証拠(省略)
理由
一 請求原告1の事実(原告の営業、本件更正処分、裁決の存在)は当事者間に争いがない。
二 そこでまず、本件更正処分に原告が請求原因2、(一)で主張するような違法事由が存在するかどうかについて判断する。
1 平等原則違反の主張について(省略)
2 資本の原則違反の主張について(省略)
3 文化の原則違反の主張について(省略)
4 平和の原則違反の主張について(省略)
5 民主の原則違反の主張について
(一) 事前調査について
本件に表われた全資料によつても、被告署長が、原告の本件所得額の調査を本件係争暦年終了前又は原告の申告以前に行つた事実は認められないから、原告のこの点に関する主張はその前提を欠くといわなければならない。
(二) 調査の必要性について
所得税法は、申告納税方式をとり、原則として、申告によつて税額が確定するといえるけれども、原告が主張するように、申告税額が国を終局的に拘束するものでないことは、税務署長において、申告税額がその調査したところと異なる場合に、更正をしうることからみて明らかである。そして税務調査の必要性の具体的内容について、法律は特別に規定していないから、税務署長は、適正な租税負担の実現のため、過少申告の疑いが存在する場合のみならず、そのような疑いが当初から明らかでない場合でも、申告の真実性、正確性を確かめるために、質問検査等の調査を行いうると解すべきである。したがつて本件において、たとえ過少申告の疑いがなく、単に原告の申告の真実性、正確性を確かめるために税務調査が行なわれたとしても、これがために本件更正処分が違法となるものではない。
(三) 調査の方法について
所得税法六三条にもとづく調査については、その範囲、程度、時期、場所等に関し、実定法上特段の定めがないから、これらについては、適正公平な租税負担の実現という税務調査の目的から合理的範囲内のものである限り、収税官吏の裁量に委ねられていると解すべきである。
(証拠省略)ならびに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、営業関係の帳簿書類を備えつけておらず、被告署長による税務調査の際にも、これに積極的に協力しようとせず、本件申告の正確性について、具体的に明らかにしなかつたため、被告署長において、やむを得ず原告の取引先や銀行等の反面調査により所得を把握し、その結果本件更正処分に及んだことが認められるが、本件に表われた全証拠によつても、右調査の過程で、裁量権の範囲を逸脱し、本件更正処分自体をも違法ならしめるような違法な調査が行なわれた事実は認められない。
(四) 理由の開示および弁解の聴取について
原告本人尋問の結果によれば、本件の場合は白色申告であるが、白色申告においては、更正処分にあたつて理由を付記することが法律上要求されていないから、被告署長が本件更正処分の理由を開示しなかつたとしても、何ら違法ではない。
又更正処分を行う前に、その理由を明らかにして納税者の弁解を求むべきことや、その手続については、何ら法律に定めるところがないから、本件更正処分がそのような手続なしに行なわれたとしても、違法ということはできない。
6 推計の原則違反の主張について
(一) 原告が営業関係の帳簿書類を備えつけておらず、被告署長による税務調査の際にも、これに積極的に協力しようとせず、本件申告の正確性について、具体的に明らかにしなかつたことは前示5(三)に認定したとおりである。そして(証拠省略)および弁論の全趣旨を総合すると、被告署長は、やむをえず、原告の取引先等の反面調査等により、所得の実額把握に努め、売上原価、一般経費等の実額を明らかにしえなかつた部分についてのみ推計したことが認められる。したがつて右推計は補充的に用いられたことが明らかであるから違法ではない。
(二) 又原告は、被告署長が、推計の根拠を示さないで、本件更正処分をしたと主張するが、白色申告において更正処分の理由を開示する必要性のないことについては、前説示のとおりであるから、この点についても違法はない。
(三) 更に、原告は、本件更正処分の推計の根拠を問題とするが、推計方法自体は所得額を導き出すための経験則であるから、推計方法が合理的であるか否かは更正処分の実体的違法を検討する際に問題とされるべきである。そして課税処分取消訴訟で処分の実体的違法が争われているとき審判の対象となるのは租税債務の存否いかんであり、所得認定のための資料は処分当時判明していたものであると否とを問わず、時機に遅れたものでない限り、たとえ訴訟係属後であつてもこれを証拠として提出し、これに基づく主張をすることができるのであるから、本件の場合のように、更正処分時の推計方法と訴訟係属後主張された推計方法とが異る場合には(このことは(証拠省略)により明らかである)、後者の合理性を問題とすれば足り、前者のそれは問題にする必要性がないというべきである。したがつて、原告の本件更正処分の根拠となつた推計方法の合理性に関する主張は採用できない。
7 団結の原則違反の主張について(省略)
三 よつて次に本件更正処分に原告の所得を過大に認定した違法があるかどうか検討する。
1 被告署長の主張2の冒頭の主張中別表一A欄番号<3>、<5>の各金額は当事者間に争いがない。
2 収入金額について
(一) 松下精工外一六店に対する売上高について(省略)
(二) 原告名義の預金のうち、売上代金の入金と認められるものについて(省略)
(三) 以上によれば、収入金額は松下精工外一六店に対する売上高の合計金六、八六〇、六七七円に原告名義の預金のうち売上代金の入金と認められるものの合計金九九四、〇〇〇円を加えた金七、八五四、六七七円となる。
3 売上原価、一般経費について
(一) 前示のとおり原告は、営業に関する帳簿書類を備えておらず、本件においても売上原価、一般経費を実額で明らかにしうる資料はないので、推計によつてこれを確定するほかないことになる。
(二) 被告署長は、原告の類似同業者である本件比準法人のビニールホースに関する経費率を原告に適用する推計方法を主張するので、以下その許容性および合理性について検討する。
(1) (証拠省略)によれば、原告のようなビニールパイプの製造業者は少く、審査庁の担当者が大阪市内および周辺都市を調査した結果、原告の事業と比較的類似していたのは、吹田市所在の本件比準法人一件だけであつたことが認められる。
そして、(証拠省略)を総合すると次の事実(ただし昭和三八年当時の事実)が認められる。
(イ) 原告の使用原材料は、塩化ビニール樹脂(PVC)、可塑剤(DOP、およびDBP)、安定剤(ステアリン酸鉛、同バリウム等)および炭酸カルシウム等であり、本件比準法人もこれと同様であり、これらの仕入先は、株式会社鈴木五兵衛商店が両者に共通していた。そしてこれらの原材料を使用して、原告はビニールパイプを製造し、本件比準法人は、ビニールホースやマツト類を製造していた。
(ロ) 原告の年間収入金額は、金七、八五四、六七七円(前認定のとおり)であり本件比準法人のそれは金九、二一〇、四八〇円である。
(ハ) 原告の工場の面積は約一六坪であり、本件比準法人のそれは一七坪である。
(ニ) 原告は、押出機二台を使用してビニールパイプを製造し、本件比準法人は、押出機一台を使用してビニールホースおよびマツト材料を製造していた。
(ホ) 従業員数は、原告の事業では三名であり、本件比準法人は代表取締役を含めて四名である。
右各事実によれば、原告と本件比準法人の事業は、その製品や、事業の規模等においてかなり類似しているということができる。そして本件では、右比準法人の名称が不明であるが、前示のように、その所在が吹田市と明らかにされ、原告と共通の仕入先もあるうえ、右のようにある程度具体的に原告との類似点が明らかにされている以上、「被告署長が主張している、本件比準法人の昭和三八年分事業実績から、ビニールホースの製造による収入および売上原価、一般経費を区分計算して経費率を算出し、これを原告に適用する推計方法の合理性について、原告において反証をあげることは不可能ではなく、しかも他に適切な比準事例がないことをも考慮すると、右推計方法の主張は許容されるべきであり、かつ以下に検討するように、特段の反証もない以上、右推計方法は合理性を有するということができる。
(2) 原告は、昭和三八年度において、自家製品であるビニールパイプのみならず、袋類を他から仕入れてサービス品として原価販売をしており、これが売上総額に対して占める比率は相当大きいものがあるから、本件比準法人の経費率を原告にあてはめることはできないと主張する。
しかしながら、(証拠省略)によれば、原告はその売上先である東洋造花に対しては、造花の茎として使用するビニール管のみを販売しており、袋類の販売をしていなかつたことが認められ、(証拠省略)によれば、北陽無線工業に対しても原告が袋類を販売したことはなかつたことが認められる。また仮に原告主張のように、販売商品の一部に袋類が存在していたとしても、それがサービス品程度のものであるものならば、量的、価額的に極めてわずかなものと推認され、原告主張のようにサービス品が主たる商品を大幅に上まわつたり、また全商品がサービス品であるとは通常考えられない。しかも、原告は、本訴において、原告の主張を裏付ける袋類の仕入先や仕入価額を原告本人の供述以外の証拠で具体的に明らかにしていない。
以上によれば、原告の右主張に副う原告本人尋問の結果は、にわかに信用し難いから右主張を採用することはできない。
(3) なお原告本人尋問の結果によれば、原告は、口径が二ミリないし一〇ミリの細いビニールパイプを特別注文により製造していたことが認められるが、(証拠省略)によれば、ビニールパイプ、ビニールホース類について、口径の細い製品は、大口径のそれに比して一日当りの生産量が少く、また作業等に手間を要するので、製品単価が高くなり、したがつて、利益率は、小口径のものが大口径のものよりも高くなることが認められる。
本件比準法人はビニールホースを作成しているから、原告の方が本件比準法人に比して、小口径のものの製品全体に占める割合が大であることが推認されるが、利益率は小口径のものの方が高いのであるから、本件比準法人の経費率を原告に適用しても、原告にとつて有利にこそなれ不利になることはない。
(三) 次に本件比準法人のビニールホースに関する経費率を検討する。
被告署長主張の右経費率算出過程の詳細は、別紙計算書のとおりであり、これに用いられた金額、数値は、全て(証拠省略)によつて認めることができ(ただし、乙第九号証の五枚目によれば、別紙計算書第一表B欄番号<4>(仕入高)の二、二九四、五〇七円は、二、二九四、三七二円の計算の誤りと認められ、したがつて同欄<2>(売上原価)の二、四〇二、三六一円は二、四〇二、二二六円となるべきである。しかし経費率計算の結果に影響はない)、算式も被告署長主張の算式が合理的である。そうすると本件比準法人のビニールホースに関する経費率は、別紙(省略)計算書の算出過程どおり計算すると(ただし、ビニールホースの売上原価を二、四〇二、二二六円におきかえて計算した)七四・四三%となる。
(四) 右経費率を原告に適用して原告の売上原価、一般経費を求めると次の算式のとおり金五、八四六、二三六円となる。
(収入金額)
7,854,677(円)×74.43%=5,846,236(円)
4 雇人費について
(証拠省略)によれば、雇入費は金二〇一、五〇〇円と認められ、これに反する証拠はない。
5 以上によれば、原告の昭和三八年分総所得金額は、別表(省略)一C欄のとおり金一、六五三、九九一円となり、この範囲内でなされた本件更正処分に違法はない。
四 被告局長の裁決について判断する、
1 弁明書について
被告局長が、被告署長に対し弁明書の提出を求めなかつたことは、被告局長の自認するところである。しかし審査手続に関して現行の国税通則法九三条のような規定のなかつた本件裁決当時においては、審査庁が処分庁に対し行政不服審査法二二条により弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の裁量に委ねられていたと解すべきことは、同条の文理上明らかであり、本件において被告局長が、弁明書の提出を求めなかつたことが裁量権の範囲の逸脱ないし裁量権の濫用であると認むべき何らの事由もない。
2 書類閲覧請求について
被告局長が原告の書類閲覧請求に対し、原告主張の三通の書類につき閲覧を許可しただけであることは当事者間に争いがない。しかし(証拠省略)によれば、それ以外に原処分庁から提出された書類はなかつたことが明らかであり、被告局長としては、不提出書類の提出を要求して原告に閲覧させるべき義務もないから、この点に関しても何ら違法はない。
五 以上説示したように、本件更正処分および裁決は、すべて適法であり、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がない。よつて原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 下出義明 藤井正雄 石井彦寿)
別表一、二、三及び別紙計算書(省略)